FC2ブログ

スカボロフェアー~愛について考えながらハーブを育てる

庭でレモンバームがあまりよく茂るものだから欲が出てきて、
今日はローズマリーを株で買って来た。
それにルッコラやスィートバジルやパセリ、青しその種も。

Are you going to Scarborough Fair.

Parsley sage, rosemary and thyme.

Remember me to one who lives there.

For once she was a true love of mine.


君がスカボロフェアーに行くのならば

パセリ、セージ、ローズマリー、タイム

いや・・・

そこに住んでいるただ一人の人に

僕がかつて心より愛した人に

僕の事を思い出してよと そう伝えておくれ

桃訳桃


なんだか、やたらにせつない歌詞ですね。

《補足説明》
loveは「愛」のほかに、男から見た場合恋人の意味がある。Ask辞書参照

loverは女から見た恋人もしくは愛人(ただしそれは古風な言い回しであり現代ではそういう言い方は通常されない)
男であれば one's boyfriend,one's boy,女であれば one's girlfriend,one's girl というのが一般的。
Ask辞書参照

「スカボロフェアー」とは
イギリスにあるスカボロという市の祭りの事。
イギリス民謡のタイトルでもある。

Youtubeで訳詞付きスカボロフェアーを今すぐ聴く

この世で最もピュアな人は詩人

ネット上の文学というと、あなたは何が思い浮かぶだろうか?
私が一番よく目にするのは詩(ポエム)である。

詩と詞は違うのだが、
作詞家という職業は実在するが、作詩家という職業は果たして実在するのか?
そこで「作詩家」を検索→作詩家 の検索結果 約 15,400 件

TOPに来たのは「社団法人日本作詩家協会」
HPの扉を開くといきなり含蓄のある言葉が登場。

作詩というのは、一篇の掌編小説のようなものです。

安易な詞(ことば)で、時代の断面を削ったり、

人の生き様を書いたりする大変な仕事です。

然し、うまくゆきますと、皆に唄える点で、

純粋詩の作者より楽しい目に逢えます。(後略)

・・・どうも様子がおかしい。だって右側には有名(らしい)歌謡曲の作詞の先生のお写真が掲げられ、
その下には
なみだ船  兄弟仁義  風雪ながれ旅  北の大地
(北島 三郎)

アンコ椿は恋の花
(都 はるみ)

涙を抱いた渡り鳥  三百六十五歩のマーチ
(水前 寺清子)

昔の名前で出ています
(小林 旭)

みだれ髪
(美空 ひばり)

とある・・・ん・・・(-_-;?)これって作詞やん。

あ(゚o゚;・・・この写真の人は星野哲朗という有名な作詞の先生なのね。

言葉の定義が曖昧だ。
どうして日本作詞家協会としないのだろう?

もう一度検索のページへ戻り、星野哲朗さんと歌謡曲絡みのページは抜かして
探す。
しかし2ページ目に進んでも作詞と作詩の境界線が見えて来ない。

目当てのページは見つからないが公募ガイドのサイトをみっけ。
公募ガイド目玉コンテンツ「着メロ聴いて作詩をしよう!」というものがあった。
オモロそうや~ん(´∀`)
ここでも星野哲朗が選考するんだって。
作詩界のドンやね~星野はん。
しかーし!目玉コンテンツは載ってるのに応募方法は載ってないのだ。
おそらく
「身銭を切って公募ガイドを買えば、応募方法がわかるよ。だから買いなさい」と言いたいのだろう。

その手には載らん!(笑)
『Web公募ガイド』というものもあった。
やはりお金がかかる。
その手には乗らん!(笑)

しまった!すっかり脱線してしもた。

私はただ作詩家という職業が存在するのかどうかを調べていただけなの。

言い方を変えて「詩人」で検索。→詩人 の検索結果 約 12,300,000

TOPに出てきたのは詩人の定義

ここには
「詩人(しじん) とは一般に詩の作者のことを指す。
歌の歌詞の作者のことは一般に作詞家と呼ばれる」とあるが、
これは先ほどの「社団法人日本作詩家協会」のネーミングとはなはだ矛盾する。

どうも作詞と作詩の対立の構図が垣間見えた気がしてならないのであるが、思い過ごしだろうか・・・?
華道家とフラワーデザイナーのように明確な分類が出来ない世界なのか?
言い分が真っ二つに分断されているのは何故だろう?

日本詩人愛唱歌集というサイトを見ると
文学である詩と音楽との昔からの深い関わり合いがわかる。

サイト管理人さんが
「ゲーテの詩「野ばら」にはなんと100曲以上もの楽譜があるそうです」と語っておられる。
愛される言葉は、多くの人がメロディに載せたくなる衝動に駆られるのであろうか?
「いい詩だから、有名な詩だからと言って必ずしも多くの人に作曲されるわけでは無い」という考察には同感。
「君が世」は有名だが後にも先にも一曲しかない。

やはり歴史的に見れば、
現在の「社団法人日本作詩家協会」の見解がどうあろうと、
文学としての詩というものを紡ぎ出す文学者としての詩人を
作詩家の世界から締め出す事は出来ない。
作詞家と詩人(作詩家とは呼ばずあえてこう呼ぼう)
もし両者の間に某かの亀裂があったとしても・・・。

詩とは元よりメシの種に紡がれるものではない。
なぜならば詩とは心の叫びを形にしたものだから。
もし詩人が詩を紡ぐ事で収入を得るようになったとすれば、
それはたまたま結果がそうなっただけなのだろう。

やはり詩と詞はあきらかに違う。
詞とは詩を商業的意図を持ち加工したものである。
だからと言って私は詞が詩に劣るとはけして思わない。
魂のほどばしりを、そのまま紙に写し取ったような詩。
字数を揃えなければならない詞。

それは食べ物に例えれば素材に拘った一品料理と
箱に閉じこめた上で表現しなければならないお弁当の違いである。
しかしお弁当も多くの人に愛されてやまない。
いや・・・料理人に例えるのはいささか不謹慎であったのだろう。
料理人はどのような流儀でも職業人として存在するが
詩人という職業はやはり明確には存在しない。

それは魂の叫びというものの生まれいずる理由が
けして「メシの種に」などという万人共通の画一的な側面からではない故。
それは個の中にある核。

人が生きた証に人が考えた証に人が感じた証に、人は言葉を紡ぐ。
人が生き続け人が考え続け人が感じ続け人が叫び続けた時
飛び立つ白い鳩のようなもの
空を切り裂く稲妻のようなもの
深海を漂うクラゲのようなもの
極めて人間の核なるもの・・・そういったものは
狙いをつけて生まれいずる事はない。

だからもし君が詩人になりたいのなら、
君は命の限りに生き続け
命の限りに考え続け
命の限りに感じ続け
命の限りに叫び続けるがいい。
そうすれば君は詩人だ。
人から詩人と呼ばれなくても人から尊敬されなくても
お金が稼げなくて飢え死にしそうになっていても
君は立派な詩人だ。
詩人とはそういうものだと思う。
逆に言えば名声や富を求めた時、人は生活人になり果て詩人ではなくなる。

芸術はピュアで美しい。
プロフィール

桃

Author:桃
文学と映画の好きな主婦。
神戸に住んでいます。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
過去のログ v.コンパクト
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR