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読み切り短編 『愛の妖精』

昔、昔、あるところに、人形使いの男がいました。

男は故郷で、とある人形劇場に所属していましたが、その劇場で人形を演じさせるだけでは飽き足らず、
ひとりだけでも、国中を東へ西へ南へ北へと、人形劇の巡業して回っていました。

そんな巡業の旅で、男がとある北国の街へ逗留した春先の事、
人形劇が「今日はお休み」という、ある日の午後、男は野原でとても珍しい色と花びらの形をした花を見つけました。
「なんて珍しい花なんだ!こんな花は初めて見る…」傍に近づいて香りを嗅ぐと、それはそれはえもいわれぬ芳しい香りがしました。
その香りにうっとりとして目を瞑り、再び男が目を開くと、小さく透けた体の妖精が花の上に羽を休めていました。

男が驚いた顔をしていると妖精は「こんにちはー」とよく透る声で挨拶しました。
「やあ、君は…誰?」目をパチクリしながら尋ねる男に彼女は答えました。

フェアリー>「私、この花の妖精よ」
男>「妖精?」
フェアリー>「どんなお花にも、その花の妖精が棲んでいるのよ」
男>「妖精って子供にしか見えないんじゃなかったのかい?」
フェアリー>「そんな事ないよ。私達妖精が、この人になら姿を見せても良いと…そう判断したなら姿を現すよ」
男>「どうして僕の前に姿を?」
フェアリー>「あなたが心の綺麗な人だから」
男>「え?この僕が?!」
フェアリー>「あなたは、この花に今、一目惚れをして、この花が心から好きになったでしょう?」
男>「ああ…確かに…僕は花の事はよくわからないけれど、でも今まで1度も、こんな花が咲いているのを見た事はない。名前も知らないが、
なんだかとっても気になる花と思い強く心惹かれたんだ」
フェアリー>「この花はね~案外と手が掛からなくてよ。半年に1度お水を上げて、優しい言葉をかけてあげれば、この場所でいつまでも咲いているわよ」
男>「たった半年に1度の水やりでいいのかい?」
フェアリー>「ええ、たった半年に1度の水やりでいいのよ。あなたに、この花の事を託していいかしら?」
男>「ああ、半年に1度でいいのなら僕にこの花の事を任せてくれ」
フェアリー>「でも、どこにいても、もしあなたが、この花の事を忘れてしまったら、この花は枯れてしまうよ」
男>「そんな事はないよ~こんないい香りで珍しい色と形の美しい花ならば忘れようとしても忘れられないさ」
フェアリー>「そう、じゃあ、お願いね」

そう言うと、妖精は小さな羽で大空高く羽ばたいてどこかへ飛んでいってしまいました。
さっそく男は池で水を汲んでくるとたっぷりと花に注ぎました。
花は、まるでお礼でも言っているかのように、そよ風に吹かれながらコクン、コクンと頷くように上下に揺れて、尚いっそう芳しく優しい香りで男を包み込んだのでした。

それから三年の間、男は半年ごとに、その場所を欠かさずに訪れて花に優しい言葉を掛けて、たっぷりのお水を注ぎました。
離れている時も、いつも花の姿を心に思い描きました。
半年ぶりに男が会いに行った時は、まるで男を歓迎でもしてるかのように、花は花びらをふんわりと広げて男との再会を歓迎しているように見えるのでした。

ところが三年目のある夏の日の事です。
男が、いつものように故郷で、人形使いの仕事に精を出していたある日、
座長が一人の若い娘を劇団員達の前に連れて来ました。
「今日から、この人形劇団の一員となった人です。皆さん色々教えてあげて仲良くしてあげて下さい」

ほおっ…新入りか…表情に乏しいその娘は、あまり器量は良くなかったものの、ぽってりとした肉厚な唇が官能的で体つきもまた肉感的な人でした。
娘は人形劇団の仕事にすぐに溶け込み、よく働きました。
ちょうど、その年の夏にマドンナ役の人形を操る人が病気で劇団を辞めたので、娘はマドンナ役の人形を操る人形師となりました。
男はマドンナの恋人の少年の人形を操っていました。
「だから…」と言うわけでもないですが、いつの間にか、男と娘は良い仲になっていました。
人形劇の演じ方に対する考え方や人形劇への信念の面でよく話が合ったという事を切欠として男と娘は急速に親しくなりました。

男は恋に夢中になり完全に、あの花の事を忘れました。

やがて季節は巡り、年が明け、再び春がやってきました。
男の人生にも春が来たのでしょうか?

いいえ、男に春は来ませんでした。
その娘は、劇団に入団する前から婚約していた隣町の男の元へ嫁いでいきました。

「なぜ?」男は劇団の庭に咲く真赤なサルビアの花に問いかけてみたのですが、サルビアは空に向かってそびえ咲くばかりで何も答えてはくれません。


「あの娘は約束が欲しかったのでしょう」
後ろで可愛らしい声がしたので振り向くと、いつかの妖精がいました。

「ああ、君か…」
力なく呟いた男に、妖精は悲しそうな顔をして大粒の涙を目に一杯貯めて言いました。
「私の花の事を忘れましたね…約束したのに!秋の水やりは私がしておきました」

「約束?…………!!」

男は花の事を思い出してすぐに旅支度をすると、あの街のあの場所、あの珍しい花の咲く場所へ飛んで行きました。

花はもう枯れかけて虫の息でした。
もうあの良い香りはしません。

男はすぐに池へ行って水を汲むとたっぷりと花に掛けました。
何度も何度も繰り返し、男は池と花の間を往復して、花に水を、あげましたが、
もう二度と花が元気を取り戻す事はありませんでした。

「あなたを信じていたのですよ…でも、もうおしまいです。忘れられて一人ぼっちで生きながらえる事の出来る命なんてありません。
さようなら、あなた」

そう言い残してパッタリと地に伏して花は死んでしまいました。

「どうしてだい?俺は去年の秋の水やりを1度だけ忘れたけど、それまでは半年に1度の水やりを、ちゃんと続けたじゃないか?!、存在をずっと忘れずにいるなんて、そんな目に見えない事で、どうして死んだりするんだ!」


「あなたは本当に何もわかっていないのね」
いつの間にか花の亡骸の側に妖精が手を合わせながら祈っていました。

フェアリー>「ここは日陰なんですよ。日の光も当たらない日陰で咲いている花の…その存在ごと忘れてしまっては、この花に何のぬくもりが届きましょう?」

男>「え?…ねぇ、お水を飲んでおくれよ。僕が池で汲んで来たお水だよ…ねぇ…」

妖精の言葉の意味がわからずに、男はいつまでも花に語り続けていました。
愛するあの娘を失った悲しみに黄昏ながら、力ない声で…。

≪おわり≫







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プロフィール

桃

Author:桃
文学と映画の好きな主婦。
神戸に住んでいます。

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